高須裕彦 (1959-2019)
元全国一般東京南部書記長、UCLAレイバーセンタースタッフ
高須裕彦さんは日本の労働運動と労働者の国際連帯に生涯を捧げた。日本とアメリカの労働運動の間のつながりを築いた中心的な指導者であった。
高須さんは東京都立大学を卒業し、埼玉大学経済科学研究科で修士号を得ている。1990年から2003年まで全国一般東京南部でオルグと書記長を務めた。日本の伝統的な労働組合からは排除されていた外国人労働者、インフォーマルセクター労働者、非正規労働者の組織化に取り組む労働組合であった。日本のより伝統的、保守的な労働組合と異なり、同労組は組織化と社会正義ユニオニズムを取り入れていた。
高須さんとそのパートナーの映像作家青野恵美子さんは2004年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校UCLAレイバーセンターで客員研究員として働くために訪米した。二人の目的は日本とアメリカの労働運動の社会正義活動家たちの間の関係を強化することであった。ロサンゼルスに七か月滞在した間に、米国の労働運動を学ぶためにデモ、集会や会議に参加し、その経験を記事やドキュメンタリー映像に記録した。また労働組合の変革を進める、というUCLAレイバーセンターの役割についても研究した。
日本に帰国してから高須さんは日本で最初のレイバーセンターを一橋大学フェアレイバー教育研究センターとして設立し、その後法政大学に移動した。フェアレイバー研究所と呼ばれるそのレイバーセンターは移民労働者の組織化に焦点を当てており、労働組合と地域社会の共闘を発展させ、平和運動を支援し、労働者の国際連帯活動を進めた。研究所はまた日本企業に関わるアメリカの労働組合の組織化活動を支援し、アメリカの労働組合と協力して翻訳や現場での支援を提供した。
高須さんは定期的に訪米して会議に参加し、全国の労働組合、ワーカーセンター、レイバーセンターを訪問した。またアメリカの労働運動を日本に紹介するために書籍や記事を翻訳する事業の先頭に立った。
高須さんは沖縄の平和運動を支援し、米軍基地の拡張に反対するのに積極的であった。2017年のアジア太平洋系アメリカ人労働者連合APALA大会に参加した沖縄の労働運動や平和運動の代表団を組織するのに貢献した。沖縄からの代表団は労働者の国際連帯を体現して大会を勇気づけ、強い印象を与えた。彼の最後の仕事の一つは2019年10月APALA代表団を沖縄と日本に派遣することを手伝うことであった。しかし、代表団が日本に向けて発つ数カ月前に稀少血液癌で亡くなった。APALA会員たちは日本滞在中に高須さんの追悼式に参加した。
高須さんは国際主義の最良の体現者であった。日本の労働運動の革新的な展望のために大きく献身したのと同時に、国境を越える連帯を信じ、労働者の国際連帯の力を理解していた。APALAは2019年の大会で彼の生涯を追悼する決議を挙げた。
《 出典 》
“Asian American Workers Rising. APALA'S Struggle to Transform the Labor Movement” Edited by Kent Wong, Matthew Finucane, Tracy Lai, Kim Geron, Emmelle Israel, and Julie Monroe. UCLA Labor Center, 2021. P185-187 ( 翻訳 山崎精一 )
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